KOZO MIYOSHI
8x10.jp

AIR FIELD

900 Eloy, AZ 1994 Beech18Twin

すでに廃坑になっている銅鉱山のある町の町外れに、滑走路の目印のオレンジ色の吹き流しが無ければ、ただの空き地同然の飛行場があります。ある日そこを通りかかると、澄ましげに尾翼を、おとした双発機が、強い陽にさらされて、この地上のものとは思えない銀色の塊のように怪しげに輝いています。近づいて見ると、数十年も時空間を旅している、その機体は摩擦により、いくえにも細かい傷がはしり、それはまるで素描画のようです。その曲線の機体を支えている幾千幾万のリベツトは、自分の役目をとっくに忘れ、一つ一つが上等な職人に掛かった飾り物です。そっと翼に手のひらをつけると同時に、ヘイ、若いのと、エンジンの中から人の声が。真昼の太陽に焼付けられた機体の熱さと、無人と思いこんでいたのに、突然の人の声なので半フィートは、飛上がった思いです。修理の手を休めたその声の持主は、私を「若いの」と、言えるに充分な年かさの老人です。手についたオイルをボロ布で拭いながら、ボソボソと独り語とのように、話し出しました。こいつを五年前に手にいれた。そう、もう一度、逢いたくて飛び続けているのさ。まだ、右も左も上も下にも翔べない、若僧の頃だった。ただまっすぐ飛ぶことしか知らなかった、ただ速く正面に突き進むだけだった。南の島の基地から基地への移動の時だった、いくつもの積乱雲の間をくぐりぬけ、眼下の雲の敷物に自分の機体の影を映して、飛行中だった。誰かが耳もとでささやくのよ、「翼の上をごらん」と。自分を、目を疑った。翼の上に天使がいるのさ。時々こっちを見ては微笑かけてくるのさ。驚いたことに、そいつはゴーグルまでしていたのよ。これだって飛行機乗りの端くれさ、計器を確認した。すべてが正常さ。仲間との編隊飛行はお手のものだけど、こんな事は初めてだ。その時、はじめて横を向いたのよ、その時から横を向けるようになったのさ。お陰様で、それから数年務めた南の島から、無事に戻れたのさ。嫁さんもらって、子供もできてしばらくは忘れていたのさ、飛ぶことを。定年したその年に、巡り逢ったのさ南の島で飛んでいたこの型と。北にも飛んだし西にも飛んだ、海を越えた国にもいってきた。いまじゃ、飛んでいればそれでいい、飛べることを感謝している。この旅に出掛けるときも誘ったさ、でもかみさんはいうのさ「天使に逢いに行くには私は邪魔だろう」って。限りなく続く青空に、まぶしそうに瞳孔を見据えて、いつまでも独り語は続きます。すでにもう、聞き手が上の空とも、わからずに。