KOZO MIYOSHI
8x10.jp

SAKURA

2311 Hirosaki,Aomori 弘前、青森 1998

桜は櫻
ここ数年は春になると桜行きと決めていました。東京の桜が葉桜になりだす頃、北のあの町この街からさくらの便りが届きだします。春が一度に三つ来る街、城がある街、悲しい娘にまつわる話が伝わる古木のある町、五百年の名木のある山懐の村、国ざかいの河原に広がる町、城山から町並みが望める町・・・。そして風の便りに誘われて、幾つもの峠を越えて行き着いた所は、街がすべて桜花で埋つくされている北端の城下町でした。「咲く桜 いずこの桜 いずれも桜 桜は櫻」

櫻事
子供の頃、桜の季節が嫌いだった。桜花が嫌いなわけでもなかっのだが。今ではすっかり東京の郊外化してしまったその町は少年の頃までは一端の田舎だった。冬が終る頃霜柱がとけ、或日突然からっ風が吹き捲り辺り一面関東ロ-ム層の赤土を舞上げる。雑木林の中の辛夷が白い花をつけ、一雨毎に地面からの暖かさを感じ取り辺りの草木が動きだす。そんな季節の変わり目に、毎年一週間の狂喜がやって来た。一時間に一、二本の私鉄が特別ダイヤをしたて、戦後から時が過ぎ、少し落ち着いた町場の人々を運んできた。かって草競馬をしていて馬場と呼ばれていた私の原っぱは茣蓙と折詰と一升瓶で埋め尽くされ、仮設の舞台が設えられ、ラッパスピ-カ-は演芸会をあおりたてていた。そんな中で、原っぱの片隅に追いやられ筵に寝転がり風で揺らぐ桜を見上げ、空一杯の花房を見つめ、無心で花冠を数えるように見入っていた。いつもの年より遅い桜が咲き、原っぱの片隅で夢現の中、一陣の突風で花吹雪きが巻おこり、寝転がっていた筵もろとも花びらで埋め尽くされた。そんな桜事が数度の瞬ぎで過ぎ去るのを望んでいたのです。